心機一転

改めまして、これから「ヨンダイメ那須」という名前でやっていくことをここにご報告いたします。

由来なんて大それたことを言うわけではないですが、自分がじいちゃんから「おめえは4代目じゃけえ!」とよく言われていた(4代目だからなんだという話なんですけど)こともあり、また高校の時所属していた野球部の監督(親戚)から「那須一族の恥じゃ!」と冗談で言われていたのを思い出し、このまま那須一族の恥にならないためにも冠として掲げていこう、ということです。

 

コンビは組みたいです。いずれ。


そんなこんなでライブ出ます。大喜利ライブです。

 

【夏のわいわい大喜利フリー千景&flicker】@池袋gekiba

7/1(土) 開場 18:30 / 開演18:45

料金 1000円

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【喜利ン児スカウトキャラバン】@新宿バティオス

7/3(火) 開場 17:50 /開演 18:00(19:30終演予定)

前売当日ともに500円

MC:

トンツカタン森本

 

審査員:

寺田寛明

赤嶺総理

ウエストランド井口

XXCLUB大島


エントリー確定:

レッドブルつばさ

観葉植物大好き子

謹製

梅エース阿久津

三浪二留

もとはし

インターセプト ニシダアツシ

ヨンダイメ那須

せっかく寝てたのに馬井

北浦和バルス

サブアシスタント神山

ごっちゃん

シフォン大喜

たかびー

冬の鬼

俺スナ

せんまい

田野

イッペー

愛しい形

スーパースーパー ミネ

(6/27現在)


転脳児杯予選くらいしか出たこともなく勝ち上がったこともないくらいの実力ですが、戦わなければ勝つこともできないので(自己鼓舞)。

 

キングオブコントも、出たいなあ。

2017年まとめ

年の瀬も年の瀬。瀬戸際です。ここで背水の陣を引いたら浸水するよ?ってくらい際も際の瀬。

1年が短くなっていくなと年々実感します。

今年の3月から不動産の会社でアルバイトを始めました。基本的に一日外出していて、作業自体は慣れてしまえば簡単。移動時間が多いのでその間にラジオを聴いたり(作業中も流しっぱなし)本を読んだりもでき、その上時給も良いため最近はそのバイトばっかり行ってしまっています。本心は「このままではいけない」と焦っていつつも、つい楽な方ばっかりに流れていってしまい、、、という日々です。

外出で1日2万歩越えとか当たり前のように歩いているのに、人生でマックス太りました。しかも現在進行形で。パンパンやでほんまに。おかしやスイーツがおいしいから食べちゃうんだなぁ なすを

痩せます。

 

また今年、高校2年以来久々に漢検を受けました。2級は高校の時に取ったので、その次の準一級を受けましたが、結果は笑ってしまうくらいボロボロでした。まず問題が分からなすぎて笑ったし、試験が終わって後ろの席から解答用紙を前に渡して行くときに後ろの人が完璧に解答欄を埋めていてすげー!と笑ってしまいました。点数は、高2の時の数B(ベクトル)の試験で叩き出した9点という自己最低記録に届きそうな勢いで酷かったです(そのテストは内申点のおかげで赤点は免れました。助かった 出しててよかった 提出物)。
問一の書き取り問題で「姪孫」が出た時は力強く答えを書いた。そこだけ。

 

2017年は大喜利ライブは二度出させてもらいましたが、ネタライブに関してはたった一度しか出ることができませんでした。ネタが作れない自分が悪いのですが、それ以上に己の意思の弱さにうんざりします。エントリーして自分を追い込もうとした挙句、諦めてキャンセルという最低なことを何度したことか。。。

養成所を辞めた時とは状況も違うので精神的なことを言い訳にしたくはないのですが、やはり過度にストレスがかかるとまだ滅入りがち、ですね。難しい。。

 

2018年は2017年よりも良い年になりますように。

 

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10年目の81818 生存報告

会う人会う人「今何やってるの?」と聞かれるので、改めてここに書き残しておこうと思います。

 

正直、自分でもなんだかよくわからない状態です。笑

働いていた会社を辞める→お笑いの養成所に通う→いろいろなことが積み重なり心が病んで辞める→療養しつつバイト生活→元気になってきたのでフリーの芸人として活動を始めつつ、他にもいろんなことを始める←今ココ、って感じです。

 

言ってもまだネタライブには一度しか出ていないので芸人と名乗れるのかというのはありますが、一応これから活動を本格化していこうとしているフリーの芸人ということで。。ピンでやってますが、コンビを組みたいと思っています。KOC、出たかった。。。M-1は出たい!

 

また、知人に誘われてその人がプロデュースしているアイドルグループ(?)のお手伝いを始めました。「僕らは今日もスマホ依存症。」という、いかにもイロモノみたいな名前ですが、楽曲も個人的には好きなタイプです。


アイドルはPerfume(しかもポリリズムで売れてからの)くらいしか興味がなかったのでそういう現場は完全に未体験ゾーンでしたが、なかなか興味深い経験をさせてもらえてます。(Perfumeがアイドルなのかという議論は置いといて。少なくとも私にとってはまごう事なきアイドル。人生を変えてくれたもののひとつ)

 

ちなみに、Twitterでいろいろなところの写真を上げたりしているのは、外に出掛ける内容のバイトを始めたからです。前からやってるバイトより時給がいい、外に出てる間はラジオ聴ける、仕事の中で運動?できるといいことづくめ。そろそろ少しくらい痩せてもいい頃だが。。

 

先日上梓されたせきしろさんの『1990年、何もないと思っていた私にハガキがあった』。もちろん読ませていただきました。そして関連イベントもいくつか行かせていただきました。

せきしろさんもおっしゃっていましたが、自分も投稿をしていて本当によかったと思っています。養成所に通っている時、先輩方だけでなく講師の方にもペンネームを知ってくださっている方がいらっしゃったり、「大喜利百個体組手」というバッファロー吾郎A先生主催の大喜利ライブでもペンネームを知っていてくださって、本当に恐縮しきりです。

 

とりあえず、現在はこういったところでしょうか。色々とがんばりたいところ。81818から10年目の今日。ここに記す。

思い出したこと

年度末。度末も度末です。最近は会う人会う人に「結果を発表」する日々です。分かる人だけ分かればいいですが、本当に押忍です。押忍。
 
それに関連してかはわからないけど、思い出したことが。
 
中学生の頃、総合的な学習の時間の中でどんな職業があるのかを勉強する授業があった。毎年その授業があるからか図書館には職業学習コーナーがあり、総合的学習の時間に図書館に行きそのシリーズの本を読んでレポートにまとめるという授業があった。その時に「お笑い芸人になるには」みたいな本を読んだ記憶がある。内容は覚えていない。たぶん弟子入りとか養成所とかありきたりなことが書いてあったんじゃないかな。
その後中学校近くの施設のホールで、いろんな専門学校がブースを設けて生徒がそれぞれ上記の授業で調べて興味がある分野の学校やコースの担当者の話を聞く、というイベントもあった。(その施設は「放課後イケてる不良グループやその中で付き合っている奴がデートで使っている」という個人的イメージがあった。3,4階のフロアのイスにただ座って話したり一緒に勉強したりしてる奴がいる印象。けっ。)
 
当時はまだラジオは聴いてなかったが、お笑いは好きだったので映像制作などが勉強できる専門学校の話を聞いた。本来はレポートを書いて提出しなければならないので何ヶ所かのブースを回って話を聞くものだったが、自分はその先生の話がおもしろかったのか、単に他の職業に興味がなかったのか、「この人、芸能人と仕事してるんだ!すげー!!」とバカみたいなことを思ったのかはもう確認しようがないが、ずっとそこにいて同じ話を聞いていた気がする。2回目に話を聞いている時に「君はさっきも聞いたと思うけど」的ないじられ方をされたと思う。そして終わったあと、その先生に話しかけてお笑いが好きだという話をし、最終的に連絡先を交換した。結局その専門学校には行かなかったが、facebookで偶然その専門学校の名前を見たことから上記の出来事、そしてその先生の名前を思い出した。
 
10年以上経ってて、もうケータイもガラケーからiPhoneに変わるときに連絡先を引き継がなかったし、向こうも覚えていないだろうけど、ちょっとこれは連絡取ってみたい。果たして。。。
 
 
 
そういえば中学校近くの施設の件、自分も初めてできた彼女と友達のカップルと一緒に行ったことがあったわ。その一緒に行ってたカップルの男は学年1のやんちゃ野郎でそのグループに後々ボッコボコにやられて死にそうになったのはまた別の話。

転脳児杯予選

8/29(土)「転脳児杯予選 その2」@新宿ハイジアV-1 に出させていただきました。自分自身、初めての大喜利でした。
 
出るきっかけは、よくライブのスケジュールをチェックし忘れることがあるのでK-PROのホームページを見て確認しようとした時に出演者募集ページに募集が出てたからだったか、単にTwitterで募集のツイートを見たから、だったと思います。そして漠然と現状打破したいと思ったからだったと思います。
 
1ブロック7,8人が加点方式で戦い、その中で1番ポイントを取った人が決勝に進出、A〜Fブロックの決勝進出者プラス進出者の次に多くポイントを取った1人の7人で決勝戦、その中の上位2人が本戦に出られる、というもの。1ブロックお題は1問5分、計2問。(予選その1の時は出場者がその2ほど多くなかった)
 
結果は言わずもがなボロボロ。まあ当然ですが。各お題2回、計4回しか答えられなかった。
まあ自分でもビックリするほど思いつかない。普段から、特に最近ネタも考えてないし、頭使ってないなと感じてはいたが、本当に想像力・発想力が恐ろしくなくなっていた。まあもともとそんな能力があったかどうかはわかりませんけれども。
  
次の予選も出ようと思います。今回「決勝に行ってスパローズにボコボコにいじられてほしい(Pq'v`*)」「決勝に行かないとブッコロス(Pq'v`*)」という激励をいただいているので、次こそはがんばりますよ。

25

東京に戻る新幹線の中で仕上げを書いています。



09年の春に高校を卒業して1年間予備校に通った。夏休み明けくらいから同じ授業を受けてる人たちと仲良くなって、東京の大学に合格して予備校を 卒業する時には本科生の半数近くの人たちと仲良くなってた気がする。

その自分が通った校舎は事業縮小に伴いこの春でなくなってしまった。本当に“母校”という感覚が強い。大学時代帰省する時は必ずお世話になった職員の方に挨拶に行ってた。その方とはもう1年以上会ってない。3月末にあったという同窓会的なやつも誘われたけど行けるわけもなく断念。もうあの大変だった時期を一緒に過ごした人達との唯一のハブがなくなってしまった。だから“変わること”は嫌いなんだ。


予備校には本当に個性溢れ…すぎてるというか、個性の塊みたいな、そこ以外の場だと完全にヤバいんじゃないかみたいな先生もいたけど、中でも1番お世話になったのは、地元岡山県の出身で東大を卒業、銀行マンを経て現代文の講師という、今思えば東進の林修先生と同じような経歴の先生の授業を取っていた。その先生は結構雑談が多い人でそれが前フリとなってその日の内容に入りやすくしていたんだなぁと今なら分かるけど、その雑談が本当に長かった。おもしろかったからいいんだけど。


自分ともう一人の男の2人しかいない授業での雑談は特に多く、自分がお笑いやPerfumeが好きだという話をしていたので、新幹線で芸人の誰々と同じ車輌だったとか、ホテルでエレベーターに乗ったらPの3人と同じになって、その後に起こる人柄を感じる素晴らしいエピソードとかを話してくれた。A〜ちゃんの天使さとか。。。


その数多くの雑談中でも、もう今はだいぶうろ覚えになってはいるものの、1番印象に残っているのが、

古事記や聖書などにはいくつも共通点があって、それを研究すれば万人にウケるものが作れる、某映画監督たちはそれを研究してヒット作を連発している」

たしかこういうような内容の話。自分はその話を聞いて「じゃあそれがわかればM-1とかKOCとかで絶対優勝できるネタが作れるってことですか!?」と聞いた記憶がある。それに対して先生はイエスと答えた(聖書だけに。。。)。


それにものすごく感銘を受けて「大学に行ったら絶対研究して絶対にウケる漫才やコント書いてやるんだ…!」と思ったはずなんだけど、大学に入ったらそんな余裕はなく、バイトとラジオとライブに明け暮れ、専攻の哲学ですらまともに身についてないくらいでなんとか卒業。所詮自分のやる気なんてそんなもんなんだなとがっかりした。



そんなこんなでもう丸1ヶ月経ちましたが(早っ)、25歳になりました。毎年どこかしらで書いたり言ったり気がするけど、自分が25歳かぁ、テレビ番組とかでインタビューを受けてる人の横に出る「男性 会社員 (25)」に、まさに自分がそれになってしまったのかぁ……と思うと、何一つ成し遂げてなくて虚しくなる。

なによりも、またひとつ年を取ったなと実感することがある。ラジオや雑誌への投稿は細々と続けているのだけれど、いつもラジオにメールを投稿する時に使う、住所や本名などの個人情報の定型文の年齢を更新する時。もちろんハガキや封書も使うけど、投稿を始めた時からメールでも投稿してて、その時から定型文を更新し続けてきた。16,17から25までずっとやってきているのかと思うと、量の差こそあれ、よく飽きずに続けているなぁと思う。


全然読まれないけど。

すいているのに相席3

 

もう終わってだいぶ経つし、他の方がかなり充実したレポを書かれていたので、自分が書く必要があるのか甚だ疑問ではありますが、せっかく書いたのでアップしたいと思います。

 
 
2015年2月21,22日(土・日)
「すいているのに相席3」@新宿シアターモリエール
 
1.「999」(せきしろ・木村)
~オープニング~
2.「姪孫」(木)
3.「美しい声」(せ)
4.「やる気」(せ)
5.「映像コント あいせきみんなのうた 『十五の夜』」(せ)
6.「雷」(上田)
7.「EZ DO DANCE」(木)
8.「挑戦」(上)
9.「スズメ」(せ)
10.「映像コント あいせきみんなのうた 『ギザギザハートの子守唄』」(木)
11.「アイドルの町」(せ)
12.「オンエア」(せ)
13.「終り」(上)
14.「ファニーチューリップ単独ライブ『THE MANZAI優勝への道』終演後の楽屋にて」(木)
15.「ボール」(せ)
〜エンディング〜
 
 
21日の夜22日の昼・夜公演、3公演すべて観に行きました。
幕間の曲や細かいセリフは覚えてなかったり、他の方が書かれていたので、ザックリとした設定と、個人的にビビッときたパンチラインを中心に。
 
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